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『未開人の性生活』 マリノウスキー 第三章 p51 トロブリアンド島民は性交渉に対してきわめて自由であり、かたくるしく考えていない。表面的な観察だけに頼れば、原住民の性交渉は全く束縛がないにようにもおもえる。しかしこの観察は真実ではない。彼らの自由にもあきらかに制限がある。この間の事情をあきらかにするために、男と女が子供から大人になってゆく経過を、男女の典型的な性生活史を通して、順を追って説明することにしよう。 第一節 子供の性生活 トロブリアンド島の子供は、自由と独立を享受している。子供達は早くから両親の保護監督から解放される。つまり正規のしつけという観念も、家庭的な強制という体制もないのである。親子間の口論をみると、子供があれをしろ、これをしろといわれている。しかしいつの場合も、子供に骨折りを頼むというかたちでなされており、トロブリアンドの親子間にはたんなる命令というものは決してみられない。 時には腹を立て、怒りを爆発させた親が、子供を打つこともあるが、その場合でも子供は猛烈に親にさからい、打ってかかる。「報い」とか強制的な罰の観念などは、彼らにとって縁遠いものであり、それどころか嫌われている。私は何回か、子供がひどい悪行をしたので、何かの方法で心を鬼にして罰した方が、子供の将来のためになると暗示した。しかしこの考え方は彼らにとって不自然であり、また不道徳なものと思われたらしく、一種の憤りをもって拒否された。 こうした自由が、子供達だけの独立した集団を結成させる。この集団に四、五歳位から加わり、年頃になるまで続いてゆく。この集団はその自主的な決定にしたがって行動し、時には年長者にたいし一団となって対立することもある。もし子供達が一日がかりの遠足をしようと決心すれば、大人はもちろん酋長でさえもとめられないことがある。 子供の自由と独立とは、性的な面にも拡大される。まず第一に、子供達は年長者の性生活について多くのことを見たり聞いたりする。親達は家の中では隠れ場がないので、子供達は性行為に関する実際的な知識をうる機会が多い。私の知り得た所では、子供が両親の性的享楽を目撃するのを防ぐための、特別な方策はとられていない。子供はただ叱られて、マットを頭からかぶるようににいわれるに過ぎない。往々にして男の子や女の子が、「よい子だね。両親の間のできごとを決してしゃべらない」といって褒められるのを聞く。 幼い子供達は露骨な話を聞くのを許されており、その内容を完全に理解している。小さな女の子は父親と一緒に漁撈に出かけるが、男達はその時人前でつけているべき物をはずしてしまう。漁撈などの場合、裸になることが必要であるから、自然だと考えられており、猥らであるとか卑猥であるとは思っていない。あるとき卑猥なことを話し合っていたときのことだが、小さな女の子が入ってきたので、その父親に彼女を遠ざけてくれと頼んだ。ところが彼の答えはこうだ。「彼女はよい子です。男達の話を母に告げるようなことはしませんよ。私たちがこの子を漁に連れて行っても、少しもはずかしくはありません。他の女の子だと、女仲間や母に私たちの裸について詳しく語り、あとで私たちをからかったりしますが、この子は決して何も言いません。」同席の男達も、熱心にこの意見を支持し、女の子の分別についての話題を花咲かせたことがあった。 しかし男の子は、こうした事柄について母や母の姉妹との接触はずっと少ない。これは、母方の親戚すなわち原住民にとって本当の親族の間には、早くから近親者に対するタブーが働き、男の子はその母や、とりわけ母の姉妹との間に、親密な接触を持たぬようにされているからである。 男の子も女の子も、エロチックなことを仲間から教えられる機会が多い。幼い年頃でしかも直接実践的な方法で、性生活の神秘をお互いに手ほどきし合う。手で性器を玩弄するとか、口で刺激するなどの形で好奇心を満たし、偶発的にせよ、ある程度の快楽を受けているようだ。子供達は年配者の権威に束縛されることはないし、特別な種族のタブーを除けば、道徳的な規範によって制限されることもない。従って、子供達がどの程度まで性的遊戯に耽溺するかは、好奇心、成熟度、気質などによる好色のおもむくままであるというほかはない。 幼児のこのような耽溺に対して、一般の大人や親でさえも、無関心でいるかあるいは満足の態度を示している。「誰それ（小さな女の子）は、もう誰それ（小さな男の子）と性交渉があった。」という情愛に満ちた噂話をしばしば聴くし、また事情によって、それが「誰それの最初の経験だ。」などと付け加えるのである。子供の性行為やその代償行為は、無邪気な娯楽とみなされている。「性交は彼らの遊びである。お互いに藪からとってきた果物や、ビーズや、キンマや椰子の実などを交換し、それから何処かへかくれ、性交する。」子供達が家の中で行うのは適切でないと考えられており、いつも藪の中に場所を求めなければならない。 女の子がこのような方法で楽しみ始める年頃は、小さな繊維のスカートをはき始める頃と一致しているといわれ、それはだいたい四歳から五歳の間である。あるものは、こんな小さな子供でも実際に性交を行うと主張するが、トロブリアンド島民が、グロテスクな方向に話を誇張する傾向が強いので、少し割引して考えねばならない。もし女の子の性生活がほんとに始まる年齢を六歳から八歳のあいだに、男の子を十歳から十二歳のあいだに置くならば、おそらくたいした誤りがないであろう。 性的なとりわけ官能的な楽しみは、子供達の遊びの基礎でないにしても、少なくともその一要素をなしている。たとえば大人の経済的儀礼的活動のまねをして遊ぶことなどは、性的刺激を感じないが、村の真中の広場で男の子と女の子が一緒になってする遊びなどは、性的刺激の強いものである。 また子供達は、家造りや家庭生活のまねをして遊ぶ。森の隠れた場所に棒とか木の枝で小さな小屋をつくり、一組の男の子と女の子が夫婦ごっこをしたり、食物を用意し、できるだけうまく性行為を行ったり、まねたりしている。あるいはまた、一団となって、年上の連中の愛の遠足をまねて、海岸とか珊瑚礁の丘など気持ちのよいところへ食物を持って出かけ、そこで料理をしたり果物を食べて、「お腹がいっぱいになると男の子同士で組打ちをしたり、時には女の子と性交する。」森の野生の木の実がみのると、それを摘みに出かけ、贈り物を交換し、果実のクラ（儀式的交換）を行い、性愛の遊びに耽る。 …… 子供達の性生活に、年長者が決して干渉しないことは注目すべきことだ。希な例として、ある年長のものが子供に強い性的関心を持ち、それどころか性交の経験を持ったと考えられるふしがあった。しかしこの私の疑惑は一度も支持されたことがなかったし、年長の男女が子供と性的関係を持つことは不都合なことであり、馬鹿げたことと考えられている。確かに、大人がある意拝察上の年齢階層のものが、儀式的に処女を奪う習慣などは、その痕跡すらも見つからなかった。 p58 青年期に入った男女の性活動は、子供の時のようなたんなる遊びではなくなって、心を奪う情熱となり重大な努力を要するものとなる。青年は特定の女性に愛情を持ち、彼女を所有せんと欲し呪術やその他の手段によって願望を達せんと計画し、目的の達成に狂喜する。この段階では、個人的な選択が働き出し、情事も持続性をもつ点で前の段階とは異なる。しかし青年達はまだ結婚などは考えていないし、恋人同士が相手の誠実に報いる義務をもっているとは感じていない。 前節において、どの村の中にも一種の共和国のような子供の集団が顕著であるのをみた。青年達も集団を創が、公にあるいは昼日中は男女が一緒になることはまれである。両性はおのおの別の集団をつくっている。この若い人たちの集団は「村の花」とでも呼びうるもので、原住民はそれぞれの「村の花」を誇りにしている。彼らは娯楽と快楽の追求に熱中し、幸福で牧歌的な生活を送っている。 また、この年頃の者には重大な義務が要求されていないし、子供の時よりも、もっと独立性があり広い行動範囲をもっている。 情事のため、子供は藪や森に場所を求めたが、青年は「若者宿」に自分の床をもったり、ある親戚の家を使用したり、またヤム小屋を二人がやっと入れる「居心地のよい一隅」とする。こうした場所で恋人と密会し、一、二時間の楽しみをもつことができる。 p62 第四節 若者宿 次第に親密さを継続し、強化させながら、結婚の方向に導いてゆく最も重要な面として、［限られた若者宿］ともいうべき制度がある。これは一見した所、「集団的蓄妾」の存在を暗示するようなものである。幾組かの恋人同士が継続的に同棲するためには、彼等が引き籠もることのできる建物が必要なことはいうまでもない。物理的に快適で、同時に習慣の是認を得ている制度を要求していることはあきらかである。この必要に応えた種族の習慣と礼節とは、「ブクマトゥラ」すなわち独身男子と独身女子の宿という形で、便宜と隠れ場とを提供する。この宿で、制限された数（一組ないし四組）の恋人同士が、長期間あるいは短期間、暫定的な共同体を作って一緒に生活する。また時には、若い恋人同士が一時間か二時間のひそかな情事を結ぶ隠れ場ともなる。 現在オマラカナ村には五つ、隣村のカサナイ村には四つの若者宿がある。村人の話によれば十年ほど前には両村併せて十五を数えたというし、老人の記憶によれば三十近くもあった時代があるという。キリスト教の影響によってその数は減ってきており、種族の人口の驚くべき減退も宿を少なくさせたものであるが、また最近ではある独身者は両親と一緒に住んだり、男やもめの家に住んだり、またあるものが宣教師の構内に住むことがあるのと若干の関係がある。しかしその理由が何であるにせよ、宿の減少が何ら性道徳を高めるものでないことは、いうまでもない。 −−− 先に述べたように、一見したところ宿の制度は、一種の「集団婚」少なくとも「集団的蓄妾」のようにも見えるが、事実はそんな種類のものではない。若者宿は、幾組かの男女が共通の家で過ごすものであるが、各組は排他的な情事を営んでおり、乱婚的な関係にあるのではない。相手の交換などもないし、密通もなく、お互いに馬鹿丁寧に振舞うことなどもない。事実、宿の中には節度の掟があり、当事者は性的権利を尊重し合っている。 また、別の恋人同士が情事を行っているのを見たりするのは無作法とされている。若い者から聞いたところによると、他のすべての者が眠ってしまうまで待つか、そうでなければ、他の組の動静に注意を払わないことを皆で約束するかのいずれかを原則としている。「宿のなかでは他の人たちの眠りを妨げないように行為し、特別に控えめな方法が採用されている。」と彼らは進んで陳述する。 −−− また宿に寝泊まりする恋人同士の重要な特質は、恋人の間の共通の関心が性交渉にだけに限られており、その他の点では、たとえば彼らは決して一緒に食事をしないし、相互に労役の奉仕をすることもないし、たすけあう義務もない。この点はヨーロッパ人の場合とあきらかに異なっている。「情事」とか「蓄妾」などの言葉は、通常、性交渉の他に家庭経済を分かち、その他生活の側面を共通にすることを意味している。 トロブリアンド諸島では、結婚前の男女は決して一緒に食事をしてはならない。この行為は原住民の道徳に反し、礼節にもとるものである。われわれの社会では未婚の女子が男と寝室を一緒にすることを不快に思うが、トロブリアンド島では、まさに同じ強さを持って、未婚の女子が男と食事を共にすることに反対する。 以上のことから、宿の制度の特徴を要約すると次の如くである。 1 一対一の男女の関係は、個人的占有であり排他的である。 2 厳重な礼節を守り、底抜け的な、あるいは淫蕩的な誇示というものはない。 3 法的な拘束は何もない。 4 恋人同士の間には性的同棲以外の利害の共有がない。 |